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最高裁判所第二小法廷 平成7年(オ)1631号 判決 1999年6月11日

上告人

Y1

右訴訟代理人弁護士

以呂免義雄

上告人

Y2

右特別代理人弁護士

藤本卓司

被上告人

右訴訟代理人弁護士

近森土雄

三木孝彦

成田由岐子

松山理香

主文

原判決を破棄する。

被上告人の控訴を棄却する。

控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。

理由

上告代理人以呂免義雄の上告理由について

一  原審の適法に確定した事実関係は、次のとおりである

1  被上告人は、上告人Y2の養子で、同上告人の唯一の推定相続人であり、上告人Y1は、上告人Y2のおいである。

2  上告人Y2は、平成元年一二月一八日、奈良地方法務局所属公証人A作成同年第八四九号公正証書によって遺言(以下「本件遺言」という。)をした。

3  本件遺言の内容は、上告人Y2の所有する奈良市西登美ヶ丘所在の土地建物の持分一〇〇分の五五を上告人Y1に遺贈するというものである。

4  奈良家庭裁判所は、平成五年三月一五日、上告Y2が、アルツハイマー型老人性痴呆である旨の鑑定の結果に基づき、心身喪失の常況にあるとして、同上告人に対し禁治産宣言をした。同上告人の症状は回復の見込みがない。

二  本件訴えは、被上告人が上告人らに対し、本件遺言につき、上告人Y2の意思能力を欠いた状態で、かつ、公正証書遺書の方式に違反して作成されたと主張して、本件遺言が無効であることを確認する旨の判決を求めるものである。

三  原審は、遺言者の生存中に遺言の無効確認を求める訴えは原則として不適法であるが、前記事実関係の下において、本件のように遺言者による遺言の取消し又は変更の可能性がないことが明白な場合には、その生存中であっても遺言の無効確認を求めることができるとして、本件訴えを適法と判断し、本件訴えを却下した第一審判決を取り消し、本件を第一審裁判所に差し戻した。

四  しかし、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

1  本件において、被上告人が遺言者である上告人Y2の生存中に本件遺言が無効であることを確認する旨の判決を求める趣旨は、上告人Y1が遺言者である上告人Y2の死亡により遺贈を受けることとなる地位にないことの確認を求めることによって、推定相続人である被上告人の相続する財産が減少する可能性をあらかじめ除去しようとするにあるものと認められる。

2  ところで、遺言は遺言者の死亡により初めてその効力が生ずるものであり(民法九八五条一項)、遺言者はいつでも既にした遺言を取り消すことができ(同法一〇二二条)、遺言者の死亡以前に受遺者が死亡したときには遺贈の効力は生じない(同法九九四条一項)のであるから、遺言者の生存中は遺贈を定めた遺言によって何らかの法律関係も発生しないのであって、受遺者とされた者は、何らかの権利を取得するものではなく、単に将来遺言が効力を生じたときは遺贈の目的物である権利を取得することができる事実上の期待を有する地位にあるにすぎない(最高裁昭和三〇年(オ)第九五号同三一年一〇月四日第一小法廷判決・民集一〇巻一〇号一二二九頁参照)。したがって、このような受遺者とされる者の地位は、確認の訴えの対象となる権利又は法律関係には該当しないというべきである。遺言者が心身喪失の常況にあって、回復する見込みがなく、遺言者による当該遺言の取消又は変更の可能性が事実上ない状態にあるとしても、受遺者とされた者の地位の右のような性質が変わるものではない。

3  したがって、被上告人が遺言者である上告人Y2生存中に本件遺言の無効確認を求める本件訴えは、不適法なものというべきである。

五  そうすると、本件訴えを適法とした原審の判断には法令の解釈適用を誤った違法があり、この違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、本件訴えを不適法として却下した第一審判決は正当であるから、被上告人の控訴は棄却すべきである。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官北川弘治 裁判官河合伸一 裁判官福田博 裁判官亀山継夫)

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